【講演】愛国心(名古屋大須ロータリークラブ)
米山奨学生 周玮さん
自己紹介と概要
こんにちは、今年の米山奨学生、中国の広州から参りました周玮と申します。今は、名古屋大学の文学部で社会学を専攻しております。私は、2007年に日本に来まして、もうすぐ5年経ちます。この5年間の留学は、勉強はもちろん、アルバイトや国際交流を通じて、生活などにおいても学ぶことがたくさんありました。
さて、今回の卓話を頼まれた時に、せっかく皆さんから貴重な時間をいただくので、無駄な時間にならないように、できるだけいい話をしようと心決めました。しかし、やはり何を話すかが戸惑いました。私の生い立ち?私の研究?時事問題?どんなテーマにしようかと悩みました。すると、ちょうどこの時に、私は中国にいまして、尖閣問題の論争によって引き起こされた反日運動が一番ヒットになっている時期です。その時に、1つのニュースが目についたのです。「9月15日に陜西省西安市内の反日デモで、日系車を運転していた李建利さんは、車を襲われ、車外に出て襲撃しないように説得したところ、デモの1人に頭を打たれて重傷」というニュースです。このニュースは、中国の国内でも大きな反響になり、過激な「愛国運動」は多くの人に反省させられたのです。
これを見て、私は、自分の同胞に残酷な手を出した犯人に憤慨する一方、今中国で「愛国心」を掲げて暴行を犯し、身知らぬうちに自分や他人に大きなダメージを与えている国民に心が痛みました。
「どうして、このような『愛国心』を持っているだろうか」、「このようなナショナリズムは、どんな結果をもたらすだろうか」など、いろいろ疑問に思いました。ですから、今日は、今回反日問題について話そうと思っています。
内容は大きく分けて3つあります。まず、事件の原因とみられる中国の「愛国教育」、次に中国人の偏狭なナショナリズム、そして事件の影響と私の感想について話したいと思っています。もちろん、そもそも政治問題が好きではなく勉強不足の私は、政治の是非については一切卑見を触れないつもりです。その変わりに、私が関心を持っている部分だけ、少し感想が述べられたらと思います。ややかたい話になるかもしれないですが、今回の事件は中国でどうなっているか、そして中国人として何を考えているかなど、みなさんもきっとご関心を持っていただいているのではないかと思うので、ぜひ最後までご清聴いただければ幸いです。
中国の愛国教育
私たちは、小さい頃から「愛国教育」を受け続けてきました。その内容は大きく分けて二つがあり、1つは「国家を愛する」、もう1つは「共産党に服従する」ことです。「国家を愛する」ことは、われわれの「祖国母亲(Zu guo muqin)」を愛することです。「祖国母亲」は日本語で「母親の国」という意味です。この「母親としての国」は至高的な存在で、その元に、様々な顔を持つ56の「兄弟姉妹」がいて、「56の民族同胞によって1つの大家族が成り立つ」というように教わってきました。また、その一環として「歴史教育」で、高く民族精神を賛美し、「歴史を忘れては行けない」、「一致団結して外部と対抗すべきだ」などと強く訴えられてきましたまた、「共産党を愛する」ことも愛国教育の一環として欠かせないものでした。中国南京大学の社会心理学専門の翟学偉教授によると、中国人にとって「国家」とは「家」を拡大したものであり、国家指導者は一番大きな「家」の家長だと言われています。そのため、国という「家」を愛するだけではなく、この「家」を繁栄させた「家長」である共産党も絶対的に服従しなければならないということになります。
中学校の頃の政治科目の教科書では、しばしば「共産党は最高の指導者である」などの内容が書かれており、それを暗記するとテストの時に必ず高得点になります。
それから、一番先入観がない幼稚園の時から、中国の国旗や愛国の童謡、共産党の良さを訴える絵本など、あるゆるところに愛国教育が行き届いています。小学校から高校まで週に一回全員が集まって、国歌を歌いながら国旗の掲揚式を見ることもとても印象的なものでした。
その結果として、この70、80年代に生まれた若者は、みんなそろって「愛国心」を抱えているわけです。この「愛国心」は、恐らく他の大部分の国よりも強いものではないかと思います。『環球時報』が今年5月に、中国全国7都市の人を対象に「愛国」に関するアンケート調査を行った結果、98%の人が「自分は国を愛している」と回答しています。これは、フランスで聞けば、100人が100通りの答えがあると言われています。また、日本では、23年1月に内閣府によって実施された「社会意識」の世論調査で、「国を愛する気持ちの程度」という問題に対して、「強い」と「どちらかといえば強い」という答えを合わせて56.8%しか占めていないです。このように、中国は愛国教育に力を入れた結果、国民は普遍的に強い「愛国心」を持っているのです。(中略)
日中友好、今こそ
今回の事件で、両国とも大きなダメージを受け、中日関係がもう一度傷つけられたことに大変残念に思います。しかし、今だからこそ偏狭なナショナリズムをやめ、両国における民間のつながりを強くすべきだと思います。中国でも大人気な村上春樹さんは、9月28日の朝日新聞投稿で尖閣問題をめぐる問題について、文化交流に及ぼす影響に対して憂慮を示したのです。極端的な「国民感情」は安酒の酔いに似ていると指摘し、「安酒はほんの数杯で人を酔っぱらわせ、頭に血を上がらせる。人々の声は大きくなり、その行動は粗暴になる。倫理は単純化され、自己反復的になる。しかしにぎやかに騒いだあと、夜が明けてみれば、あとに残るのはいやな頭痛だけだ」と説明しています。
私は、この「安酒」の例えはとても合っていると思います。また、彼は、両国の「文化圏」における発展は、「ここに来るまでの道のりは長かったなあ」と感嘆し、「これから「安定したマーケットとして着実に成熟を遂げつつある『東アジア文化圏』」に対して、国境を越えて魂の行き来する道筋を塞いではならないと強く訴えたのです。そのほか、愛国教育の下で極端的な「ナショナリスト」は、すべての中国人ではないということを強調したいです。大部分の中国人は、中日関係や愛国運動について、理性的かつ正確的に理解できていると思います。反日運動が白熱化している九月頃に、中国のツイッター微薄(weibo)で、「理性的愛国」や「民間交流の大切さ」を提唱する人がコメントの大部分を占めたのです。私の周りには、相変わらず日本のアニメが大好きで、日本の電気製品を愛用して、日中両国の友好を心から祈っている人がたくさんいます。私のおばさんは、今高校二年生の娘を日本へ留学させようと思って、私にいろいろ聞いてきたので、「今大変な日中関係、心配はないですか」と聞き返しました。「いや、それは全然だよ。国と国の政治問題で私たちの民間交流に支障がないよ」と答えてくれたのです。一方、今回の事件で、中国側が反省すべき点はいつくかあると思います。過剰的で偏った「愛国教育」は、国民の健康な心身発展と健全な社会環境の整備にとって本当に役に立つのか。そのような教育は、国民が偏狭的なナショナリズムに陥らせ、危険な状況を招きかねないのではないか。今の愛国教育の体制の妥当性をもう一度反省すべきではないかと思います。そして、「愛国」の看板を掲げて、社会体制や自分自身の状況に対する不満を「はけ口」として暴行を起こす人がいる中、今中国で深刻化している貧富格差や社会不平等などの問題に対し、もう一度社会体制を検討し、環境を整えるべきではないかと思います。それから、何より、日本に5年間留学に来て、多くの人に出会い、様々な知識を学び、たくさんの恩恵を受けてこれまで成長してきた私は、これ以上両国の関係が傷ついてほしくないと思っています。私が生まれ育った中国も、私が青春時代を過ごした日本も、私にとって同等に重要な「故郷」だと思っています。今は、両国関係は大変な時期だと思いますが、今だからこそ、人と人の交流を進め、平和の理念を1人でも多くの人に伝え、両国のつながりを強くすべきだと思います。「我々はたとえ話す言葉が違っても、基本的には感情や感動を共有しあえる人間同士なのだ」と村上春樹さんが言っているように、文化の交流に国境線はないと思います。そして、ロータリーのみなさんも親睦のパイオニアとして、「平和を通じて奉仕を」という理念の下で平和を推進し続けてきたのです。先月中国から戻って来て初めて例会に参加した時に、たくさんの方から「今、中国は大変でしょう。君は大丈夫?」と聞かれ、そのような状況な下でも、冷静に見ていただいて動揺せずに平和を固く守っていただいているみなさんに、本当に敬服しています。最後になりましたが、今回の事件について両国に与えたダメージを私は本当に残念に思います。しかし、微力ですが、中国と日本の架け橋として、両国の交流を深めていきたいと思います。そして、ロータリーはそのような場を提供していただけると思います。これからも、ロータリーのみなさんと一緒に、親睦を深めて平和の輪を広げていこうと思っています。一刻も早く両国の平和と友好関係が回復できるように祈っております。本日は、ご清聴ありがとうございました。