【講演】行政から見た豊橋のキャリア教育の現状(豊橋北ロータリークラブ)
豊橋市教育委員会教育部学校教育課 指導主事 森田章裕氏
ご紹介にもありましたが、私は一昨年までは教員として教育現場におりました。キャリア教育について本格的に取り組むようになったのは一昨年の研修からではありますが、本日は現場での経験に即してお話ができればと思っています。
キャリア教育の「キャリア」とは、一般的に使われている「キャリア組」「キャリア官僚」等とは違う意味で使われていますが、その言葉が一人歩きをしており、実態が分かりにくいものとなってしまっています。それは学校現場の教員も同様で、現在豊橋市教育委員会ではこの点を重視して、研修などの形で小中学校の先生方に説明をし、また、それは決して「新しいことをしろ」と言っている訳ではないことも伝えています。
平成20 年の中央教育審議会(中教審)の答申「学習意欲の向上や学習習慣確立のための4 つの観点」の中で、観察・実験やレポートの作成、論述など体験的な学習、知識・技能を活用する学習や勤労観・職業観を育てるキャリア教育が大切であり、またそのような様々な経験をすることにより、子どもたちが自らの将来について夢やあこがれをもったり、学ぶ意義を認識することが必要であると記されています。
そして「社会の変化への対応の観点から教科等を横断して改善すべき事項」として、子どもたちが将来に不安を感じたり、学校での学習に自分の将来との関係で意義を見出せずに、学習意欲が低下し学習習慣が確立しないといった状況が見られること、勤労観・職業観の希薄化、フリーター志向の広まりやニートと呼ばれる若者の存在が社会問題化していることが挙げられています。つまり子どもたちの学力向上という観点からも、キャリア教育という考え方は必要だとされました。
中教審の答申では「学校教育における体験活動の機会を確保し、充実」することを求めており、これは詰め込み教育に対する反省が反映されています。また、現在特別活動や総合的な学習の時間などにおいて行われている様々な体験活動の一層の充実を図り、体験活動をその場限りで終わらせず、事前・事後の対応も重視されています。事前には活動の狙いや意義を子どもたちに十分理解させ、予習や準備をさせることにより意欲を持って活動できるようにし、事後には感想を文章でまとめたり、伝え合ったりして、他者と体験を共有し広い認識につなげるようにすることが必要であるとし、そのような活動は言語能力を育むことにもつながるとしています。
次に、TIMSS(国際数学・理科教育調査:小4、中2 対象)の2007年、PISA(OECD・生徒の学習到達度調査:高1対象)の2009年それぞれの結果から見えるものについてお話します。いわゆる「ゆとり世代」の子どもたちの順位が非常に低下していたことから、文科省に対する意見・批判が相次ぎました。
これらの調査は、問題を解いて採点するだけでなく、子どもの生活態度や家庭での様子などに対して細かくアンケート調査を行っています。その結果から見える一般的な日本の若者像を次の様にまとめてみました。
· 数学は嫌い。理科は将来役立つとは思っていない。学ぶことを楽しいと思わない。けれど点数はとる
· 「楽しむために読書をする」生徒の割合が62 か国中55 位。漫画を読む生徒の割合は1位。
· 成績上位層5%のうち「読書は嫌い」と答えた生徒の割合がフィンランドの2倍。
乱暴な言い方になりますが、現在の小中高生は、受験に必要だからとりあえず勉強はするが、自分が受けている授業について何ら価値を見出していないということになります。先程の中教審の答申は、この様な状況を受けて提出されました。
私も現職に就いて以後、地元の企業の方々のお話を伺う機会が増えました。その中で、様々な問題のある新入社員の話を聞きましたので少しお話いたします。
· 入社早々電話だけで退職を伝えて会社に来なくなり、退職届は後日保護者が持参した。
· 上司に対して友達感覚で話しかける。
· 自分の予定を優先し、休日出勤を拒否する。
· 自分の担当分が片付くと、チームの仕事が残っているのに手伝おうともせず、すぐに帰宅。
現在、豊橋でもこの様な状況が起きています。話を伺った企業の方々は皆、今手を打たなければ10年後の自分たちに返ってくると非常に危機感を持っています。
文科省は、人が社会の中で担う様々な役割を果たす過程で、自らの役割の価値や自分の役割との関係を見出していく連なりや積み重ねを「キャリア」としています。社会生活を送る中でのその場その場での自分なりの価値判断の積み重ねが、その人のキャリア、その人の生き方に繋がるということです。
本日のテーマと矛盾しますが、実は豊橋市教育委員会では「キャリア教育」という言葉を、敢えて使っていません。「キャリア」という言葉が非常に誤解を招きやすいということから、豊橋では「生き方教育」と言い換えています。しかし、全国的には「キャリア教育」という表現が一般的ですので、この後も「キャリア教育」ということで話を進めさせていただきます。
それでは「キャリア教育」とは何でしょうか? 文科省は「一人一人の社会的・職業的自立に向け、必要な基盤となる能力や態度を育てることを通して、キャリア発達を促す教育」と記しています。体験学習等の様々な経験を通して、子どもたちが将来自立できるようなキャリアを積ませるということです。
続いて豊橋のキャリア教育について代表的なものを紹介します。
小学校でのキャリア教育では次のような点に眼目が置かれています。
低学年 : 自分の好きなこと、得意なことやできることを増やし、さまざまな活動に意欲と自信をもって取り組む。
中学年 : 友達の良さを認め、協力して活動する中で、自分の持ち味や役割を自覚する。
高学年 : 苦手なことや挑戦することに恐れずに取り組むことで、集団の中での有用感や自尊感情につなげる。
低学年では、クラスの中で担当する係などもこれに当たります。中学年になると自我も芽生えてきますので、集団を意識させるという点も重視されてきます。高学年になると、部活や委員会活動なども始まりますので、その中で「自分が役にたっている」という意識を育てることを重視しています。このようなことを柱として、小学校ではキャリア教育の視点を持たせています。
1つの例として、豊橋では小学校3年生全員を対象にした「いきいき体験学習」を実施しています。こども未来館ココニコの体験発見プラザでの体験活動を通して、「はたらく」ことに対する見方や考え方を養うことが目的です。体験発見プラザでは、各職種別のブースが設置され、用意されている「体験キット」を使ってスタッフの指導のもと仕事の疑似体験ができるようになっています。単純な「お店屋さんごっこ」ではなく、例えばケーキ屋を例にしますと、「ケーキを売る為には美味しそうに見えなければいけない」→「そう見せるにはどんなふうに飾り付けたらよいか」→「ケーキを売る為には飾り付けも大切」とい
うことに、子どもたちは気づくことができます。市電のシュミレーターでは、周囲の交通状況に気を配って運転しなくてはいけないことから、「安全運行」ということに気づき、「電車の運転手はかっこいい」というレベルだった子どもたちに、別の視点を与えることになります。
中学校でのキャリア教育では次のようなことに重点が置かれています。
· 長期的展望に立ち、主体的に進路選択できる力を身につける
· 夢や目標を明確にすることで、学習意欲の向上につなげる
· キャリア教育の学びの中で獲得してきた価値観を進路選択の重要な要素として結びつける
中学校での取り組みの例として「職場体験学習」があります。これは全中学2年生を対象に実施しています。またこの取り組みは、愛知県の施策「あいち・出会いと体験の道場」として、2年生の学級1クラスあたり17,500 円(平成23 年度)の補助金が県から給付されています。これほど大規模な補助を行っている都道府県は愛知県だけです。全国的に見ても愛知県はキャリア教育に力を入れており、制度の面でも進んでいると言えます。
「職場体験学習」は次のように実施されています。
① 働くことに関する事前学習
② 体験したい業種を決定
③ 自分で体験学習受入れ交渉をする
④ 最低3日間の体験学習を実施
※豊橋市は全中学校が4日間以上実施
⑤ 体験学習を振り返り、今後の学習に生かす
③に関しては愛知県内でもなかなか実施されていませんが、豊橋はこれを徹底させています。北RCの中にも受け入れをしてくださった企業の方がいらっしゃるかもしれませんが、色々とご迷惑をかけた事もあったかと思います。現に私も学校にいた時には、苦情をうけたこともありました。しかしこれは「自分で探し、自分で交渉する」ことこそが重要視されていおり、これも学習の一環となっていますので、ご理解いただきたいと思っております。
④に関しても愛知県では最低3日間と定められているところを、豊橋市は原則として5日間、最低でも4日間実施しています。この様に豊橋市は、「職場体験学習」にかなり力を入れて取り組んでいます。
基本的には1事業所1名の受け入れです。以前勤務していた学校では250名の生徒がいましたので、250の事業所に派遣したことになります。やはり、地域の皆様のご協力が無ければ実施できないことだと思います。
またもう1つの例として「ビジネスパーク」があります。以前の例会(第2712例会)で金田文子氏からもお話があったと思います。こちらは豊橋独自のもので、文科省の調査官にも評価されました。豊橋商工会議所青年部の事業として2008年から始まり、地元経済の一線で活躍している方を講師として招き、「働く」ことに対する思いや経験を伝えていただく授業を行っています。北RCの中にも講師をしていただいた方がおいでかと思います。本当にありがとうございます。生徒は派遣される講師の方の講座を選択し、2コマの授業を受けます。本年度は22校中16校が参加しました。今後もこの取り組みは続けていきたいと考えています。
最後に家庭や地域として取り組めることは何かということについてお話させていただきます。それには、次のようなことがあるのではないかと思います。
· 基本的生活習慣を身につけさせる
· 学校のできごとを話し合うなど、家族との触れ合いを大切にする
· 地元の行事などに家族で積極的にかかわる
· 学校との連携、教育活動への積極的な参加
先程紹介しましたTIMSSの中で、2011年に保護者に対して「小学校4年生のあなたのお子さんに『学校でどんなことを勉強したか』と毎日聞いていますか」という調査が行われました。その結果、「毎日聞いている」と答えた保護者は日本では21%でした。同じ年度の国際平均は65%ですので、日本の結果はかなり少ないと言えると思います。
豊橋市教育委員会の根本には「地域の子どもは、地域で育てる」という大原則があります。その中で子どもたちは、多くの体験をし、人々と関わりを持ち、それを通じて社会人、職業人として自立する要素を身につけていくのだと思います。子どもたちの生活全ての中で地域の方々が支えていく、そのような体制を今後も作っていけるようにしたいと考えています。
今後も様々な部分で皆様のご協力、ご指導を仰ぐ部分があるかと思います。これからも是非よろしくお願いいたします。