【講演】名古屋市公会堂のおもしろさ-歴史的建造物を褒める(名古屋南ロータリークラブ)
名古屋大学大学院環境学研究科 准教授 西澤 泰彦 氏
名古屋市公会堂は1930年に昭和天皇の御成婚記念事業として建てられた建物です。講演会をする目的のためにあるのが公会堂でそれには演壇・座席が必要になりますが、名古屋市公会堂は竣工時2,700席(現在は1,994席)というとてつもない座席数を持っており、そのような巨大な席数を持っていた公会堂は、名古屋市と日比谷の2つだけでした。名古屋市公会堂の凄かったところは、平面図に『演壇』ではなく『舞台』と書いてあることや舞台と座席の間がオーケストラピットになっていたことなどから分かるように、ここで演劇や演奏をやるのを前提にしていたことです。また舞台の背には、普段は黒いカーテンに隠れていて見えませんが、反響板の役割を果たす曲面を持ったコンクリートの壁が設置されているなど、演壇だけれども舞台としても使えるよう工夫して作られています。
戦後に進駐軍がダンスホールにしていたこともある4階の大研修室、当時の図面で言うところの大食堂は、着席で700人、立食では1,300人の大宴会場になるという、ホテルのような機能を持っていました。これは街中にそのような機能を果たす建物がなかったからですが、各地の公会堂を調べると同様のものが幾つかあります。有名な大阪中之島にある赤レンガの大阪市中央公会堂も、実は地下にはバー、4階には大食堂があり、やはり同じような機能を持っています。今はホテルがその役割を果たしていますが、当時は公会堂がそれをやっていたわけです。他にも公会堂では小さな談話室を借りることが出来、ある目的を持った人たちが集まって会話するイギリスの『倶楽部』のような機能も持っていました。
実は構造的にもとんでもないことをやっており、柱など立てられない3階吹き抜けのホールの上に立席なら1,000人以上収容できるような大食堂が載っているという、建築をやっている方ならそれがいかに無茶なことかすぐ分かるような、構造的にアクロバティックなことがなされています。
どうやってそれを可能にしたかというと、図面を見ると、非常に高い天井高の半分ぐらいある巨大な梁に、2.5メートルほどの鉄骨を入れるという工夫がされていることが分かりました。
さらに名古屋市公会堂の凄いところを簡単に申しますと、この3階吹き抜けの大ホールの上に大食堂を載せたということだけでなく、その他にも集会室や和室といった色んな機能をぎゅっと収めているのに、外から見るとそのようようには全く見えないということです。必要なものを足していけば建築はできますが“足したぞ”と見せることなく、多様な用途と空間をうまく1つの建物に収めたところが凄いわけです。設計したのは名古屋市の建築課ですが、有名な学者が沢山参加していた設計顧問の委員会というのがあり、恐らくそういったところからアドバイスを受けたのではないかと思います。
公会堂を正面から見ると左右対称になっていますが、当時の工事記録を読むと日本語で近世式と書いてあり、これは基本的にはバロック様式の日本化したもののことです。左右対称の真ん中の軸線は建物の軸線であるだけなく、これを伸ばしてずっと辿っていった先にある噴水塔の中心軸をも通っています。さらに、噴水塔の先は今はグランドになっていますが当時はそこに動物園があり、その正門の中心も公会堂の中心軸の延長線上にあるというように、見事に軸を通して作られていました。つまり公会堂を建てることにより、もともとの鶴舞公園の中心軸に直交するようなもう一方の中心軸を通して公園の表情を変えたわけです。公会堂は奏楽堂と相対して、鶴舞公園の秩序を作るもう1つの軸のモニュメントとして重要な位置にあるのです。
こういった施設というのは使い続ける努力をしないと朽ちていく一方です。公会堂には楽屋がないとか音響が悪いとかいう不満も聞きますし、水面下では演劇に特化した劇場に改修しようという案もあります。しかし私は反対です。
キリがないからです。ヨーロッパなどを旅行されるとお分かりかと思いますが、古代ローマやギリシャの野外劇場にしろオペラハウスにしろ、音響がいいかと言えば甚だ疑問ですがそれでも、有名な人はそういう所で演奏したり活動したりしています。本当の一流の芸術家というのは皆、建物に合わせて、場所に合わせて、自分をどう演出するか考えるものだと思います。
資産として公会堂を考えるにあたって、現状でどう使うか、都市の中での存在・市民が支える制度について考えること、そして公会堂を楽しみましょう、という観点でお話します。実は名工大には講堂がなく、入学式や卒業式には名古屋市公会堂を自分のところの建物のようにして使っています。このような使い方があるのだから、他にも色んな使い方が考えられるということです。何が言いたいかというと、文化におけるスクラップ・アンド・ビルドの打破、安易な改造や建て替えはやめましょうということです。今あるもので何が出来るかを考えましょう。50年経てば新型だったものも旧型になります。古くなったからと建て替えても結局同じことの繰り返しになるなら、今あるものを使うことが大事ではないかということです。
あちこち旅行すると、戦前に4大公会堂と言われた日比谷・名古屋・大阪・台北をはじめ、公会堂というのは意外に沢山、そして様々なタイプのものがあります。ぜひ色んなところで多様な公会堂を見に行って楽しんでください。
公会堂に対する不満は多々あろうかと思いますが、今の施設で何が可能か、皆さんで考えましょう。公会堂は少なくとも公園と一体化して使われており、将来的には防災拠点となる可能性もあります。また、公会堂は万人の施設ですから市民が支える制度を考えていきましょう。その為にも公会堂を愛する第一歩として、あちこちの公会堂へ行って楽しんでください。それが公会堂を支える第一歩にもなるはずです。